2020-02-16 最も大切な戒め

2020年 2月 16日 礼拝 聖書:マタイ22:34-46

 聖書には様々な教えがあり、その中には「命令」として書かれているものもかなりあります。旧約時代のイスラエルに対して与えられた命令の中には、イエス様の後では無効になったものもありますが、それでも、そうした命令には、神様が人に求めておられることについて学べる大切な原則が含まれています。 “2020-02-16 最も大切な戒め” の続きを読む

2020-02-02 私たちの祈り

2020年 2月 2日 礼拝 聖書:歴代誌 第二 32:20-26

ある時、イエス様の弟子たちがイエス様に尋ねました。「人が自分に対して罪を犯し、赦しを求めた場合、何度まで赦すべきでしょうか」。

それに対するイエス様のお答えは大変有名です。「7度までではなく、7を70倍するまで赦しなさい」これは、490回ということではなく、悔い改めなら何度でも赦し続けなさい、というお答えでした。

人を赦すことは、私たちの罪が赦されるための条件ではありませんが、赦されたという大きな経験、与えられるはずのない恵みを受けた者として、当然他の人にも向けるべきものです。そうでないと、自分の罪の大きさも、受けた赦しの大きさもほんとには分かっているとは言えません。

さて、今日の箇所は旧約聖書の中の一つの記事です。 “2020-02-02 私たちの祈り” の続きを読む

2020-01-26 すりかえ

2020年 1月 26日 礼拝 聖書:マタイ22:15-22

私たちは、聖書が神のことばであり、何を信じるか、またどういう生き方をすべきかの源が、この聖書にあると信じています。

テモテ第二には「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です」とあり、何をするにも、まず聖書になんと書いてあるか、どういう原則に立つべきか、というふうに考えるよう教えられて来ましたし、そうして来ました。

しかし、そのことを少し誤解してというか、都合よく利用している場面に出くわすことがあります。 “2020-01-26 すりかえ” の続きを読む

2020-01-12 喜びと祝福に招かれたら

2020年 1月 12日 礼拝 聖書:マタイ22:1-14

様々な機会に招待状をいただきます。また逆に招待状をお送りすることもあります。何かの記念会とか、お祝い事。招待状を送るまでもなく、家で催すお茶会とか、教会のイベントにお誘いすることもあります。

そのような時に、「この人はきっと来てくれるのではないか。」「これまでの関係を考えたら、当然来てくれるだろう」と思うような人が何人か顔を思い浮かべます。

ところが、そのような人たちから「欠席」の返事が届いたりすると、当然のことですが、がっかりします。 “2020-01-12 喜びと祝福に招かれたら” の続きを読む

2020-01-05 新しいこと

2020年 1月 5日 礼拝 聖書:イザヤ43:16-21

新しい一年がはじまりました。今年一年も主の恵みに満ち溢れた年でありますよう、祈ります。新年にあたり、今日開くように導かれた箇所はイザヤ書です。

困難の中に置かれ、将来訪れる破局の知らせに怯え、恐れている民に対して、神様が預言者イザヤを通して告げた希望、「新しいこと」についての預言であり、励ましのことばです。 “2020-01-05 新しいこと” の続きを読む

2020-01-01 しかし私たちは主を呼び求める

2020年 1月 1日 元旦礼拝 聖書:詩篇20篇

新しい年が始まりました。

どのようなお気持ちで新年をお迎えになったでしょうか。どんな願いをもって歩み始められたでしょうか。

ことしもいつものように詩篇からと言うことで、2020年ですので、詩篇20篇を開いています。 “2020-01-01 しかし私たちは主を呼び求める” の続きを読む